日本人がはじめて紹興酒というお酒を知ったのは台湾ででした。というのも日本人が初めて海外旅行を楽し
み始めたときの行き先は、ハワイやヨーロッパなど未だ夢の夢の時代で、自分のお金で行くことが出来るの
は台湾くらいしかなかったからです。そのときに初めて飲んだ紹興酒の味が忘れられない、と現在に至る紳
士も多いと思います。
今でも紹興酒を当然台湾のお酒だと思っている人が多いのですが本当は違います。
また、当時の台湾では日本人客が酒を注文すると『紹興酒は花彫(はなぼり)にしますか?陳念(ちんね
ん)にしますか?』と聞いてくるのが普通で、これに対して適当に返事をしていた方も多いと思いますが、
これも実はおかしなことなのです。以下に理由を挙げると・・・
1)紹興酒(シャオ シン チュウ)は中国で白酒(パイチュウ)と双璧をなす黄酒(ホヮンチュウ)の一種で
す。中国の酒の大半を占める白酒は蒸溜酒で米が取れない北方で作られ、高粱、粟、麦、玉蜀黍、などを原
料とした酒です。代表的なものとして茅台酒(マオタイチュウ・貴州省)や汾酒(フェンチュウ・山西省)
などがあり、アルコール度数も25〜55度と強い酒がほとんどです。これに対して黄酒は南方の産物である粳
米、もち米、黍などを原料とし、何千年も歴史がある醸造酒です。度数も18度前後とソフトな酒ですが、そ
の中でも浙江省の紹興地方で作られている酒だけが特別に紹興酒と名乗ることが出来ます。広大な中国です
から当然他にも多くの地方で同じような黄酒の銘酒が福建省、広東省、江蘇省などでつくられています。こ
れらの中には名の通った銘酒も数多く存在しますがそれぞれ地方ごとに名前が付けられており、紹興酒とい
う名称は付けることが出来ません。ですからもし前出の紹興酒が台湾でつくられていたのであればその酒を
紹興酒とは呼べません(もっとも現在では永○源も日本国内でつくっている紹興酒を世の中に出しています
が・・・)。
2)蒋介石総統健在字の台湾では中共と関係がある人間、と見なされただけで即刻銃殺された時代なので、
中国から本物の紹興酒が輸入されているはずもなく台湾には偽物しかなかったはずです(もっともしばらく
すると本物の紹興酒が台湾産の2倍ぐらいの値段で出回り始めましたから、中国人の商魂には驚きまし
た)。
3)『花彫にしますか?陳年にしますか?』というのも本当は変な話なのです。花彫とは紹興酒を寝かせて
おくカメの模様を指す言葉で、カメで寝かせた紹興酒そのものを指します。それに対し陳年は陳○年と書い
て○年物という意味です。つまり先の質問は直訳すると『カメで寝かせた紹興酒にしますか?それとも年代
物の紹興酒にしますか?』となります。国府軍が雪崩れ込んで来るまでの台湾にあった酒は台湾産のビール
と日本酒が主流でしたから、年代物の醸造酒など想像もつかなかったのでしょう。給仕の女の子も意味がわ
からず使っていたのでしょうが、それに対してまともに返事をしていた我々も変な奴、ということになりま
す。
なぜこんなことが起きたのか定かではありません。大陸から中共軍に追われて台湾に逃げ込んだ国府軍の
中に浙江省出身の兵隊が大勢いて、彼らがもう絶対に帰れない故郷を偲び故郷のつくり方で酒を造り、その
名を付けて望郷の念を晴らしたのではないか?どうでしょうか。
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